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日本・中国・西洋から探究した技芸の要

調和への技法で訓練された精神と、世界の変化との、差異をとらえる。
様々な物事の未知の相互関係や発展性を見い出すため、自らを柔弱におく。
目指す物事が達成されると無条件に信じ、可能の根拠を積み上げていく。

もうすこし詳しい説明はこちら
http://glasperlenspiel.blog.so-net.ne.jp/2012-02-26

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世界-日本-個人 [世界を愛する姿勢]

まだ大きな疲労感が残っているのですけども、

ワクワクしているのです。

創作を自分の仕事とする準備ができたことに、感覚が追いついてきて。
つまり、「実感」が湧いてきて。

世界のなかの日本、日本のなかの私、私のなかの世界・・・、と、

循環する輪のなかに私自身の創作活動を見い出したことから、
私に可能な活動のイメージが急に拡大され、拡大されながらも、
選択が可能である主体性が維持されていて。

私にとって、とても気分の良いことです。

セルフ・イメージを高めるための時間を日々にとるようになりました。
すでに、いまの私にとって未知である手法の探求や検証を始め、
また、私がまだ触れていない多くの英知を模索することも始めました。

未知のところに進み、新たに手法を組み立て、既知の手法と整合をとり、
手法によって未知を既知に変えていく。いつもそうして生きてきました。

結果は目指すものではなく、ついてくるもの、と思っているので。

101230-165117.jpg
※今年の正月を迎える前に、浅草で買ってきた、「かぶりもの」です。w
 次の正月も楽しみです。
 この写真は記事の内容とは関係ありません。

最近、電車で少し離れたとこに行き、
再び電車で住んでいる町の駅の改札をぬけると、
少し「ほっ」とします。

この町での生活が、気に入っているのですね、私。

去年、この町でシェアハウスに部屋をとったのが、八月下旬のこと。
それまで、神田や浅草のビジネスホテルに長期宿泊していたのですけど。

あと一ヶ月ほどで、東京に住み始めて、実質、一年になります。

見通しが立ち、晴れやかな気分で一年を迎えられて、良かった。

世界-日本-個人。
私自身が世界に向かいあい、芸術を通して、芸術に関して、
世界と日本の個人・庶民とが関係づけられる機会が見い出されることを、
いま、意識しています。

上に述べたように、定式化されたゴールとしてではなく、
意味や意義が満たされる自由形式が、結果として現われるように。

芸術家の手法とはそうしたものです。

この町が、鉄道で、成田空港や羽田空港にアクセスが良いのも、
私のイマジネーションが活発になる、助けになっています。
 
 
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【世界を愛する心】武士道[内省の時間] [世界を愛する姿勢]

四歳のころから創造の試みの道を歩み、
40年以上の年月を超えて、
私自身の死をどのように意味づけるかについて、
考えるようになった。

22歳の時に、50年の計画を立て、
自分の命を何に使い尽くすかについて決意した。

それでも、一定の成果が上がったら、
「人生を楽しむ時」が訪れるものと思っていた。

しかし、成果が出れば出るほど、
私自身の命が必ず終わりの日を迎えることを、
痛感するようになった。

私の生命の意味は創造にある。
創造以外から得られるどのような喜びも去るものであり、
創造の喜びは何らかの方法なり課題の発見により、
永遠の未来に伝え残すことができる、
そう感じるようになった。

すると、私自身の人生の終わりの日に向けて、
他のあらゆる物事に優先して、
永遠に残るものにいかに私自身を使い尽くすかが意識され、
つまり、
生きている日々の精進と、死の日までの課題とが、
一つのことの二つの側面に感じられるようになった。

そのようにして、
はからずも私自身のなかに武士道を発見する日が来た。

武士道では、武士たちは、
武術により生と死との間に自らを置き、
人生の一瞬一瞬の意味と自分自身とを一致させた。

そこに徳と道がありえた。

私の生は武術によって語られるものではない。
私が問う一瞬一瞬の意味とは、創造の意味であり、
いかに世界に永遠を見い出すかの試みである。

創造という、世界に貢献する試みついて、
徹底的に自分自身を追いつめた結果、
何の継承もなく、私自身のなかに武士道が蘇った。

くりかえすが、武術による武士道ではない。

そして、おそらく、美と技を愛する、
多くの人々の精神の深い深いところに、
共通の何かが宿っているのではないかと感じている。

自らの振る舞いに、永遠からの一瞬を宿らせ、
そこに自らを観られる、何かを。
 
 
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【まだ思考されていない物事に応じる過程】

人が思考しうる物事のなかには、
まだ思考されていない物事があります。

もし全てを思考し終えている存在者があるとすれば、
神のみです。

芸術も、
思考されうる未知の物事に応じる方法の一つです。

技芸は、
美または調和のモデルを用いて自らの活動を体系的に把握する、
姿勢であり、過程です。

2012年3月30日
響 西庄 庸勝

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