So-net無料ブログ作成
検索選択

 

日本・中国・西洋から探究した技芸の要

調和への技法で訓練された精神と、世界の変化との、差異をとらえる。
様々な物事の未知の相互関係や発展性を見い出すため、自らを柔弱におく。
目指す物事が達成されると無条件に信じ、可能の根拠を積み上げていく。

もうすこし詳しい説明はこちら
http://glasperlenspiel.blog.so-net.ne.jp/2012-02-26

this web-log. (C)Copyright 2005-2012 Kyo Nissho.

 

日本を愛する心 ブログトップ

自然の気と自らの気の一致:参考・相良亨著「日本の思想」 [日本を愛する心]

[日本を愛する心の契機]

相良亨著「日本の思想」ぺりかん社刊より、
能楽の世阿弥をまじえ、以下を引用。

P.84

「一芸に達する者は他芸に通ずる、という考え方は、」
「「この普遍性ということが「道」(芸道)にとって
非常に重要である」と指摘され」
「「自由」は天地自然の「おのずから」と「みずから」の
合一ではなかろうか」

P.85

「世阿弥も「万物の出生をなす器は天下也。
此万物を遊楽の景体とし、一心を天下の器になして、
広大無風の空道に安器して、
是得遊楽の妙花に至るべきことを思ふべし」(『遊楽習道風見』)と
いい」
「また晩年には「満目青山なををのずから」(『金島書』)と
宇宙万物を把握し、その万物を「語り尽くす」ことを能の能たる
「地体」(根本)と見ていた」


[私が関心を持った点]

変化は一つの気(一気)によりなるとするとき、
自然に見られる変化は「おのずから」の一気であり、
自身に見られる変化は「みずから」の気のもので、
その「おのずから」と「みずから」が一致することが、
道を得た自由、とすることを、古来、
日本人は学んでいた、ということだろう。

もちろん、ここで言う「気」とは、
超自然的な力のことではなく、
「傾向」とか「作用」と言うと分かりやすいだろう。
 
 
     (C)Copyright 2010 Kyou Nissho. All rights reserved.

自由とは道を歩むのに不自由でないこと:参考・相良亨著「日本の思想」 [日本を愛する心]

[日本を愛する心の契機]

相良亨著「日本の思想」ぺりかん社刊より、宮本武蔵について、
以下を引用。

P.83

「武蔵が日常のありようの中に「無理」のない「道理」(天理)にかなった
 ありようをみてとっていることも否定しえない。
 日常のありようの純化に理想のありよう、「自由」のありようをみてとっていたと
 いえよう。」
「思うに、太刀はまずわれわれにとって異物である。
 異物を人間のおのずからの動きの中にだき込むのが武蔵の説く稽古鍛錬で
 あるといえよう。」
「しかし、太刀は、本来、天地の異物ではない。
 稽古鍛錬は太刀が本来異物でないことを体得させるものといえよう。
 太刀が異物でないことを体得しえた時、その時その人はすでに
 天地のおのずからなる「天理」におのずからはなれる「自由」の境地に
 悟入しているといえよう。」
 
 
[私が関心を持った点]

現代の私たちが、通常、自由と言う時、
自由な思考が自然と行動と結果につながっていく状態を指す、
と思われる。

この宮本武蔵の言う自由とは、天地と一体となった結果、
自分自身が無理にあれこれ考える必要のない状態を指している、
と思われるのである。

少し乱暴に言いかえれば、宮本武蔵において、
「不自由」とは、思考に効果がなく、無駄に遠回りしてしまうことと、
とらえることができそうである。
 
 
     (C)Copyright 2010 Kyou Nissho. All rights reserved.

人と自然ないし世界の関係:参考・相良亨著「日本の思想」 [日本を愛する心]

ソネブロを再開します。
忙しくなってきたので、みなさまのところにお邪魔する機会は、
あまりとれないかもしれませんが、もしよろしければ、
お楽しみください。

以下、今回の記事です。
 
 
[日本を愛する心の契機]

利休を主に、日本の茶道と日本の思想との関連についての記述を、
相良亨著「日本の思想」ぺりかん社刊から、以下、引用。

P.80
「自然の味覚を徹底的な純度において味わうことは、自然の妙にふれることである。
 自然・天地の妙と一体たりえたものが茶味の妙にふれうるのである。」
「茶をたてる湯の具合、火の具合が問題であり、炭をつぐタイミングが問題になる。
 器物のありよう、その配置、いや草庵内外のすべての条件がこの一点に向けて
 整えられていなければならない。」
「しかし、これらも四季、昼夜、天候に即したものでなければならない。」

P.81
「主人と客人とのかかわりようがこの一点に向けて望ましいものでなくてはならない。」
「このような無限の条件が整わなくてはならず、
 その一つが崩れればすべてが崩れるのである。」
 
 
[私が関心を持った点]

人と自然ないし世界との関係が、茶の味に反映されることから、
茶の味を通して、人と自然ないし世界を豊かにしようという試みのことか?

草庵の窓からの四季の風景も、茶をたて、飲むまでの間に、
そこにいる人々に共有され、茶の味わいで確認される、やわらかな心、
というイメージが思い浮かんだ。
 
 
今日はここまで。また次回。
 
 
     (C)Copyright 2010 Kyou Nissho. All rights reserved.
日本を愛する心 ブログトップ
 
【まだ思考されていない物事に応じる過程】

人が思考しうる物事のなかには、
まだ思考されていない物事があります。

もし全てを思考し終えている存在者があるとすれば、
神のみです。

芸術も、
思考されうる未知の物事に応じる方法の一つです。

技芸は、
美または調和のモデルを用いて自らの活動を体系的に把握する、
姿勢であり、過程です。

2012年3月30日
響 西庄 庸勝

(C)Copyright 2012 Kyo Nissho. All rights reserved.
 

 

BlogPeople(ブログランキングなどのポータル)に登録しました。
ご来訪の記念に、クリックしてくださると、嬉しいです。
 

 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。